れのんさんが書いてくれたチェリカのイラストに即興のSSを書いてみたもの。




 ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラから遙か遠く。季節が巡るごとにその姿を変
えるプロンテラとは対照的に、一年を通してその姿を殆ど変えない街がある。
 辺り一面を黄砂に囲まれ、緑などまるで見えず、飢えと乾きでその命をカラカラに干上
がらせる生命の数は数えきれぬほど。だが、そんな過酷な地にも人は集まり、集落を形作
り、やがて街を成した。
 その街は、砂漠の街モロクと呼ばれている。

 モロクに吹く風は、草花の香りを運ぶことを知らない。彼らが運ぶのは、ただ砂漠の砂
ばかり。
 雨雲を運ぶことくらい学んでくれ――と、モロクに住む人々はよく思う。もっとも、不
吉を運ぶ暗雲の運び方は知らないままでいてくれ、と都合のいい願いをしてもいるのだが。
 そんな中。
「クワッ、クワワッ!」
「バニラ?」
 モロクの街通りを歩いている女騎士が、連れているペコペコに奇声を上げられて少し驚
いた様子で振り向いた。
「クゥウゥゥゥ…」
「どうした、バニラ? …これは」
 様子を伺うと、女騎士の連れているペコペコ―バニラという名らしい―は目をぎゅっと
閉じつつ、首を小刻みに振っていた。ペコペコの主人は、その様子を見て直ぐに原因に気
が付いたようだ。
「砂が…目に入ったのか。参ったな」
「クワッ、クワッ」
 その言葉を肯定するようにバニラが鳴いた。
 端から見る風だと、ペコペコが主である騎士になにかをねだっているように見えて微笑
ましいのだが、本人(本ペコ?)にとってはたまったものではない。
「私が指を突っ込むわけにも行かないし、水も…ここはモロクだしな」
 少し考えて、騎士は決めた。
「特に急ぐこともないし、休んでいこうか」

 目を閉じたままのバニラを連れて、チェリカはモロク中央の池を囲む柱の影に腰を下ろ
した。バニラにも座るように促すと、ペコペコは大人しくチェリカの隣りに座った。その
瞼は未だ固く閉じられたまま。
「…そうとう厄介なのか」
 困った表情をバニラに向けるチェリカ。せめて池の水でバニラの顔を洗ってやれればい
いのだが、池の水面は手の届く位置にはない上に、お世辞にも綺麗なものではなかった。
「まあ、ゆっくりと砂を追い出すことだな」
 言って、手に提げていた荷物袋から何かを取り出した。
 一枚の板チョコである。
 このチェリカ、騎士という職業と、堅っ苦しい性格に似合わず、やたらと甘党なのであっ
た。何処に行くにしても、お菓子の類を忘れたことはない。
「少しチョコにご無沙汰していたことだし、ちょうどいいか」
 板チョコを口にくわえ、ぱきり。なんとも幸せそうな表情でもぐもぐとやっていると、
となりから何かが軽くぶつかってきた。
 バニラであった。どうやら目に入った砂は取れたらしく、閉じていたまぶたはしっかり
と開いている。
「砂は取れたか、良かったな。お前も食べるか?」
「クワッ」
 大きく口を開けるバニラに対し、チェリカは板チョコに付いている紙を全部取り払って、
残っていたチョコを丸ごとバニラの口の中に。
 チョコを口に含み、主人と似たような幸せな表情でモグモグと口を動かすバニラ。
 チェリカは荷物からまたチョコを取り出すと、紙を破って口にくわえて、
「あれ、チェリカじゃない」
 覚えのある声はその時聞こえた。
 チェリカが声のした方を向くと、紫を基調とした制服に身を包んだプリーストの女性が
佇んでいた。
「ラミリアか」
「ん、久しぶり」
 肩口で切りそろえた黒髪の上に聖職者帽をちょこんと乗っけたプリーストは軽く手をを
振った。
 このラミリア、チェリカの知り合いである。世間ではしばしば異端に見られる、自ら武
器を持って魔物を駆逐する武装神官。それがラミリアだ。
「まぁた甘いの食べてるんだ。飽きないねぇ」
「久しぶりに会ったというのに、草々に人の好みにケチか?」
「それじゃ、違うコト言った方がいい?」
 何故だかにんまりと笑みを浮かべるラミリア。
 ラミリアがこういう表情をするときは必ず何かある。決して付き合いの短くないチェリ
カはすこし嫌な予感がした。
 ラミリアはにんまりとした笑みを崩すことなく、人差し指をチェリカに向けた。
 いや、ラミリアが人差し指を向けたのはチェリカの腰の辺り、更に言えば、
「白」
 にやにやするラミリアと、固まるチェリカ。のんきにあくびをするバニラがそこにいた。



<挿絵:れのん>


「お前はどこのスケベ親父だっ!」
 そんな声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

どっとはらい。