2004年10月分の書き込み

サムソンさんへ SDTM 10/31

★ SDTMです。
  >「僕の旅は小さな叫び」
  ですが、拓郎の作詞作曲ではないので、ちょっと期待はずれに
  なるかもしれません。拓郎ファンには、、
  しかし、CMソングとしては当時これを録るためにかなりの
  時間と労力を費やしたものです。(勉強でもすれば良かったものの、、)

  拓郎のCMソングなら、
  1.フェミニン
  2.フジフィルム
  3.富士重工レックス
  等があげられます。


ローマの休日 ぽせいどん 10/31

私の一番好きなシーンは最後に記念写真を撮る場面です。
沢山のスピグラ(スピードグラフィックと言うカメラ)の中で
エコー8で撮影。粋ですね。

写真を王女に渡しますがこの写真はエコー8で撮ったものではありません。
画質、焦点距離がまったくあいません。


ローマの休日 ヲユキ 10/30
懐古人様
お久しぶりです。
「ローマの休日」は、私は放送される事を知らなかったのですが、私がこの映画を好きなことを知っている友人が放送10分前に電話で知らせてくれました。
DVDをこのあいだ見たばかりでしたが、テレビ放映されているのを見るのも(現在私が見ているのと同時に、同じ場面を日本中で同時に御覧になっている方も確実にいらっしゃると思うと、一人でDVDを見ているのとはまた違った感慨深いものが有ります)違った趣が有ると思い見ることに致しました。
しかし・・・何か違う・・どうした訳か最初からずっと違和感が感じられて・・・理由はすぐにわかりました。
私がこれまでに見た翻訳と違う言葉でしたし、何よりもオードリー・ヘプバーンの吹き替えされた声が全く違っていました。
もう20回近く見ましたので劇中の会話は諳んぜられるほど(・・って、ちょっとオーバーですが^^;)その声と言葉は私の心に刻み込まれております。
どうした訳か、その様に思って見ますと映像まで違ったものに見えてきました。
吹き替えが違うだけで同じ映画を観ても全く違った印象の作品となってしまうものなんですネ。

島田神介 海苔海苔 10/30
島田神介さんの事件は、詳しいことは分からないので、想像でしか考えることができませんが、頭にくる話し方ってありますよね。暴力を肯定することはできませんが、思わず手をあげたくなるような無礼な態度というのはあると思います。車を運転していて、無理な割り込みや、タバコやゴミのポイ捨てを目撃すると、後ろから追っかけて行って車をぶつけてやろうか、という衝動にかられることもあります。暴力は悪いけれど、何故その悪い暴力を振るうことになったか。そこには、なんらかのきっかけがある筈です。島田神介さんの場合は、相手が同じ吉本の人間でなければ、彼もまだ押えることができたのではないでしょうか。同じ吉本の人間だと知り、完全に切れてしまったのではないかと想像します。相手の対応も、すぐに警察を呼び、告訴するというやり方で、相手は「アメリカでは、こうするのが当然よ」と思っているのかも知れませんが、私には誤ったアメリカン・スタイルに思えます。確かに、暴力は否定されねばならないし、相手に危害を加えることは犯罪です。でも、犯罪ではないからといって、無礼な物言い、無礼な態度が放置されてよいとは思いません。勘違いして育った娘さんを、今後吉本がどのように処遇するのか、注目したいところです。処遇の仕方によっては、今度は吉本が訴えられるでしょうから。

サムソン 10/30

懐メロ・青春歌謡・GSと好きな私ですが、フォークも良く聴きました。高校生の時に初めて「吉田拓郎」を聞きました。(「マークU」と「イメージの詩 」が最初に買った拓郎のシングルでした)
気が付けば、以来熱心な拓郎ファンとなっておりました。私の年代前後は今でも拓郎ファンの方が多いのではないでしょうか。時々名前を書かせていただくコラムニストの泉麻人さんもよく拓郎を話題にされていて、いつも共感を覚えながら読ませていただいてます。
学生時代の数年間は拓郎及び様々なフォークにはまっておりました。高田渡さん(今でもスタイルはお変わりないようで嬉しい限りです)、加川良さん(「教訓T」など懐かしい)、フォーク・クルセダーズ(「イムジン川」と「悲しくてやりきれない」の関係も興味深かったです)などを始め、良く聞いた曲は数え切れません。
SDTM 様の「コカコーラの70年代前半のCMソング」を拝見させていただいていた時、拓郎の初めてCMソング「僕の旅は小さな叫び」というのを見つけました。彼の歌は全て知っていると勝手に思っていたのですが、この歌は知りませんでした。(何とか聴いてみたいものです)

ところで急に思い出した事を1つ。過去ログでしたか、「巨人の星」の主題歌が別の番組の主題歌のメロディと同じということが話題になってましたね。もう一つ「巨人の星」でよく話題になることがあります。
星飛雄馬がローラーを引いている場面と「♪おもいこんだら・・」という歌詞の部分から、「重いコンダラ・・」と思い込み、整地用の「ローラー」のことを「コンダラ」という名前と思ってしまった人が多数いたという話です。しかし、オープニングの画面では主人公はローラーを引いていなかったという意見も多くあります。(つまり、「コンダラ」は面白くするための作り話であると)
私はよ〜く見ていた番組なのです。・・が、あのローラーの場面がどこで出てきたのか忘れているのでありました。

懐古人さんの書かれたように、「ローマの休日」名作とあってまた放送ありましたね。美人に対する女性の評は辛い傾向があると思ってますが、オードリー・ヘップバーンは別格のようです。それから日頃「話す」ことについての島田さんの才能には感心しています。もし出演されなくなったらちょっと寂しいですね。


御無沙汰です。 懐古人 10/29
 また、ほんのちょっとの書き込みで、すみません。まだ、皆さんとの書き込みのやりとりができる状態ではないですが、ご挨拶程度で御邪魔します。
 台風と地震は大変ですね。心配しておりますが何もできないので、ただ被害に合うれてる方々の無事や復興を祈るのみです。
 
 悪しからず余談で:ブラック・ジャックには感激しますね。手塚タッチがいかされ、内容・構成も満足。ご子息の真氏の監督で、父親の感覚の味が絶妙に出ているように思います。我々が久しぶりに夜7時台に子供に返って楽しめる漫画の復活ですね。 NHKのポワロ・マープルも面白いです。 ところで、関係ないことですが、島田紳介師匠のちょっとした事件がありましたが、師匠の心は分かるような気がします。頑張ってください。
 これから、ローマの休日はビデオにとって、あとでじっくりと見たいです(笑)ぽせいどん様が以前話題に出された、あのライター型カメラをじっと見ましょう(笑) お宝鑑定団も同じ話題を挙げていたのを思い出します(それも三つの速度表示灯付きのボンネットバスも出たので感激) 
 それではまた御邪魔します。なんとかゆっくりと時間が空けばと...。 

台風、地震 ヲアニー 10/27

ぽせいどんさんが言われるように、台風24号は温帯低気圧となったようですが、今日(と言っても、日付が変わりました)の夕方に、私の住む地方は冷たい強風が吹きました。24号の影響が多少ともあったでしょうか。

このところ災害が続いています。
新潟の地震で被害に遭われた方々は、本当にお気の毒です。これから寒い時期を迎えますが、一日も早く復興されることを願うものです。

台風23号は、近来まれに見る被害をもたらしました。私の住む県は亡くなられた方が1人でした。
京都ではバスの乗客が一晩救助を待ったり、また富山県沖で「海王丸」が座礁したりしました。救助された方のコメントを聞いたら、いずれも、好きな歌を歌ってお互い励まし合ったとコメントされた方がありました。
歌というのは、人を勇気づけたり生きる希望を与えるものだと、つくづく思います。


台風24号 ぽせいどん 10/26
これも心配してたのですが
大丈夫そうですね。

台風23号 ぽせいどん 10/21
まだ小雨が降っていますが風はやんでいます。
海は大荒れです。
とりあえず被害は無いようです。
このあとまだ台風があります。
このへんで終わりにして欲しいですね。

コカコーラCMソングに関する情報をアップ SDTM 10/20
★ ぽせいどん様、「YES COKE」なるサイトの管理人より
  情報提供があり、コカコーラの70年代前半のCMソング
  詳細情報をアップしました。良かったら見て下さい。

春日八郎さんの思い出 ヲアニー 10/17

このように書きましたが、私が春日八郎と面識があるわけではありません。
15年前、鳥取市に住んでいたときに「’89鳥取・世界おもちゃ博覧会」が開催され、そこに見に行ったときに、ちょうど春日八郎がイベント会場に来ていました。
子どもや女房は他のパビリオンを見て回りましたが、私は最後まで歌を歌うのを聞かせてもらいました。
デビュー当時の歌や、ヒットした歌を歌ったと思いますが、ある歌を歌おうとしたら歌詞を忘れてしまったのか、歌うことができず、楽団が何回か演奏しましたが、とうとうその歌は歌えませんでした。何という曲だったか忘れました(新しい曲だったと思います)が、私は涙が出てきて仕方がありませんでした。
その博覧会が開催されたのが平成元年でした。春日八郎が亡くなられたのが平成3年ですから、そのころから体調がすぐれなかったのかもしれません。

春日八郎の歌も好きでした。まだテレビがないころ、ラジオから流れてくる高音の声に聞きほれたものです。「別れの一本杉」「山の吊橋」「赤いランプの終列車」「お富さん」などを口ずさみました。
我が家にテレビが来たころ、「長崎の女」が流行しました。
カラオケで「赤いランプの終列車」や「長崎の女」は歌いますが、そのときにはあの博覧会での光景が浮かんできます。